柚木、春樹さんに会いに行く その4

音楽の話がいくつか。セロニアス・モンクの奏でる音が独特であるということについて。柚木は音楽に全然詳しくないので、細かい記憶はすぐにするすると抜け落ちてしまった。ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」もベルマンの「巡礼の年」もずいぶん売れているようですよ、と聞かされて、そんなの買わなくてもYouTubeで聞けますからと答えていたことだけはしっかり覚えているのだけれど。なにしろ柚木もYouTubeでしか聞いていないので。
春樹さんはクラッシックを流しながら小説を書く。その曲の持つ力が、春樹さんの物語をより豊かにしているのかもしれない。
「小説にはリズムがある。そうですよね? みなさん。でも小澤征爾さんって、そのことがわかんないんだよなー。あの人、音楽のことだけだから。小説にも音楽(リズム)があるってことが全然わかんないの」
ふーむ、柚木にとってはちょっと意外なお話です。音楽家って、何にでも音楽性を見いだしてしまうものかと思っていたので。絵画にも、無音の映像にも、小説にでも。
たぶんわたしが高校生だったころの話(もう20年くらい前の話だ)。夏目漱石と春樹さんの小説は、読後の余韻あるいは背後に感じるリズムが似ているように感じて、何故なのか疑問に思ったことがある。春樹さんが漱石を好きだと知った時には、やっぱりそうなんだよねって妙に嬉しくなった。わたしにとって文章の美しさというものは、場合によってはストーリー以上に重要な存在なのです。文章の流れ方がしっくりこないと、話を読み進めること自体が苦痛になる。ゴツゴツいろんなものにぶち当たりながら読み進んでいる感じで、とても神経に障るのです。ストーリーはいいと思うのに、どうにも好きになりきれない、手放しで人にお薦めできない、という作品はいくつもある。それはすごく残念なことです。
(今になって、春樹さんと小澤征爾さんとの対話集『小澤征爾さんと、音楽について話をする』を読んでいるのだけれど、中に小説のリズムについて話した箇所がある。(インタリュード2、文章と音楽との関係)「音楽的な耳を持っていないと、文章ってうまく書けないんです」と春樹さんは話す。そんなこと、まるで考えたことなかった。漱石についても「夏目漱石の文章はとても音楽的だと思います。すらすらと読めますね。今読んでも素晴らしい文章です」と語っている)
新作の『色彩を失った多崎つくる(略)』は約半年かけて第一稿を書き上げ、それからまた半年かけて推敲した。春樹さんにしてはずいぶんと速い。小説は第一稿を書き上げるのと同じくらい時間をかけて何度も推敲する。だから完成原稿はまるで違うものになってしまう。データが残ってたら研究者が喜びそうですね、と言われて、ちゃんと消しておかないとなーなどと呟いていた気がしますが、ぜひ残しておいて欲しいです。一読者としても実に興味深い。そんなの発表されたら、春樹さんにしたらすごく不本意でしょうけれど。
そして『色彩を失った(略)』の中で、シロが取り憑かれてしまった得体の知れないものの正体について。「あれはお化けです。文学的なメタファーとかじゃなくて、お化けだと思って僕は書いてます」と何度も繰り返していた。もちろん、読者がどのように受け取るかは自由だけれど。
最後に覚えているのはビールの話。読者からの質問でお薦めビールを訊かれて、「僕はビールは瓶派なんだけど、これは美味しかった。缶の側面に『どうして瓶ではなく缶なのか』って説明がずらぁって書いてあるの」と教えてくれたのがこれ。

マウイブリューイングのビッグスウェル(巨大な波)。ハワイのビーチに寝転びながらビッグスウェルとピナコラーダを飲むというのが、柚木にとっては夢のバカンスかもしれない。
Maui Brewing Company - Hawaii's Largest Craft Brewery
http://goodbeer.jp/brewery/maui/product.html
講演についての記録は、一応これで終了です。また何か思い出したら、それはまたその時に。