健康第一 運動二の次

 わたしは特に健康だとかいうわけではないのだけれど、今までに怪我や病気で入院したことがない。運動神経に恵まれなかった分無茶なことをして骨を折ったりもしないし、かといってジャングルジムに登っただけで転げ落ちたりするほど鈍くさくもなかった。風邪の引き始めに大仰に大事を取るものだから、本当に寝込むような事態になることはまずない。38度を超える熱を出したのも、思い出せる限りでは小学校の高学年が最後のことだ。――こうやって書いていると、立派な健康優良児みたいに聞こえるけれど。
 だから捻挫というものを経験したのも、昨年末の家族旅行が初めてのことだった。だけどそれは、正真正銘紛うことなき立派な捻挫だった。ちょっと足首を捻ってみましたよ、という申し訳程度のご挨拶ではなかった。そして一番食生活の潤う季節にうまく歩けなくなったおかげで、随分と身体に肉がついてしまった。今もその名残がしっかりとお腹の辺りを漂っている。
 1泊2日の徳島香川旅行の帰り、淡路島に寄って海辺を散策していた時のことだった。わたしはひとりで30センチ幅の障壁の上を歩いていた。壁は1メートルくらいの高さがあった。小学生の子供がしそうなことだ。三十を超えたいい大人が、旅行中で浮かれていたのかもしれない。冬の海には気になる人目もない。目的の分からない建物に視線を向けながら、足下も気にせずぶらぶら歩いた。そしてあっ、これはまずいと思った瞬間、目に映る青い空が湿ったコンクリートに変わった。左足を踏み外した時、足をひどく内側に捻った。痛みでしばらく起きあがれなかった。悪質なファールを受けたサッカー選手みたいに。
 その日は朝から金比羅参りを済ませ、お昼に憧れの本場讃岐うどんを堪能した後だった。それで今回の旅のプランはすべて終了したのだけれど、控えめな冬の太陽がまだしっかりと顔を出している時刻だった。真っ直ぐ高速にのれば日の暮れる前に京都に辿り着いてしまう。せっかく四国まで足を伸ばしたのに、それだけは嫌だ。せめて夕暮れの中、家のドアをくぐりたい。じゃあまぁ淡路島のテーマパークにでも寄っていこうじゃないの、行こうって話したこともあったし。
 成り行きのまま高速を降りて淡路島の町を走る。美しく整備された道路を、そう多くない車の流れに乗って走るのは気持ちがよかった。沖縄の町を走っていた時のように、過去に取り残された定食屋さんもなければ錆びた看板が風にカタカタと揺れて郷愁を誘ったりもしない。何処を走っていても近くに山の緑が目に映る。よく晴れた暖かな冬の午後にドライブしてみた限りでは、淡路島は理想の住処に思えた。結局、目的のテーマパーク「おのころ」は改装中で入れなかった。車が次々と引き返していく。仲間が多いのに慰められて、近くの土産物館に行ってせっせとお買い物をした。それでもまだ、太陽は穏やかな光を注いでいる。そして、導かれるように運命の海辺へと向かった。
 痛みはあったけれど、その日は何とか歩くことができた。骨は折れてないみたいだ。でも次の日は痛くてとても歩けなかった。息子の参観日にも使わない貴重な有休を使い、家でじっとしていた。じっとしているのに足首はどんどん腫れていく。足を引きずらずに歩けるようになるまでに2週間近くがかかった。慎重な接骨院の先生からサポーターを外していいと許可が出るまでほぼ1ヶ月がかかった。たいした怪我だ。
 それでもまぁ骨は折れていなかったし、入院も手術も必要なかった。それに何より、怪我をしたのは旅行の最後の最後だ。それだけでも幸運だった。物事の良い面を見ればね。