昨年の話を今頃――四国上陸

 四国に一度足を踏み入れてみようじゃないの、というような曖昧な理由で四国旅行に出かけることにした。徳島に親戚がいるうちのだんなさんを除くわたしと母と息子の三人は、四国初体験である。
 下調べの段階で、四国というのは一泊旅行でぐるりとひとまわり出来るほど狭くはない、ということが分かった。(旦那さんはもちろん知っていた)。かといって飛行機に乗るのもかえって手間がかかりそうだ。第一お金をかけない気楽な週末旅行という趣旨に反する。なので今回は徳島・香川小回りドライブコースを行くことにした。
 ドライブ――それは地図読取能力鳥頭級のわたしと、旦那さんという短気なドライバーとの最悪の組み合わせの結果、通常、とても険悪な雰囲気の中で行われる。楽しげな元の語感とはえらい違いなのだ。
 今回この予想される不穏な状況を避けるため、PSPのナビソフトを購入することにした。本物のナビはかるく家族で温泉旅行に行けるくらいの値段がするので、とてもじゃないけど買う気になんてなれなかった。それでも、このおもちゃ(と言ったら失礼だけれど)ナビのお陰で、旅行はいつもに比べてずいぶんマイルドな雰囲気の中進行した。 
 明石大橋大鳴門橋を渡ると、あっという間に四国上陸。2時間もかからなかった。だけどこの巨大な二本の橋を渡るために、目をくりくりするような高ーい通行料を徴収される。走行時間併せて数十秒、橋二本5,000円。愕然としながら模糊とした渦潮を下に見る。なんだか波と波がぶつかり合いせめぎ合っている感じはするけれど、写真に写っているような立派な渦はない。せいぜいが小さく輪を描いているように見えるくらいだ。準備不足で出発が遅くなった上にPSPの車載用充電器を家に取りに戻ったりしたせいで、大潮の時間を外れてしまったのだ。やっぱり、旅行は計画性がなくてはうまくいかない。
 半分ほど肩を落としながら、徳島ラーメン食べに行く。正直、それほど感動的な味でもない。いつも人気ランキングの上位にいる店らしいのだけれど、麺のこしが弱くて、わたしの好みには合わなかった。昔懐かしの食堂みたいに置かれ発券機の前で、もたもたしながら食券を購入し、カウンター席に4人並んだ。わたしが頼んだのは卵入り醤油ラーメン。京都のラーメン屋さんで卵入りというとふつう煮卵が載っているものだけれど、ここでは生卵なのが新鮮だった。(でも、煮卵の方が好きだ)。
 次はかずら橋を渡りにまた長い道のりを行く。四国は山に囲まれた場所なのだな、と思う。山の瀬に家が張り付くように建っている。峡谷を越え、一方通行としか思えない林道で車とすれ違う。息子は日本猿を目撃したのだと興奮して話していた。猿なんて、人の数ほど居そうだ。橋付近で急に道が開けた。観光地らしくなった風景の中で揺れるかずら橋を渡る。短い吊り橋、一方通行で500円。旅行って細かくお金がかかる。これでこの日の観光の予定は終了。また延々と車を走らせ、6時頃には旅館についた。
 旅館は金比羅さんへの長い階段の始まりにある。歴史と伝統を感じさせる古い建物だった。開業以来大切に伝えてきたであろう擦り切れた座布団に、人型模様を探すのも楽しい壁紙。歩くと振動がぎしぎしと遠くまで伝わる。部屋には夜中に動き出しそうな陶器人形が置かれている。旅館のあちこちには色褪せた造花や置物が、きちんと埃を払われて飾られている。思い出をそのまま抱え込んで離すことの出来ない、曾祖母ちゃんの家に遊びに来たような気になる。食事は悪くないし、なかなかに風情がある。貧乏旅行を楽しめる人になら、お薦めできるかもしれない。
 朝ご飯を食べ荷物を旅館に預けると、店先の杖を借りて金比羅参りに出かけた。厄払いの為にのぼった立木神社とほぼ同じ700段余りの階段を、脚の悪い母のペースに併せてゆっくりゆっくり上っていく。横を野球部のユニフォームを着た集団が、バラバラと走り抜けていく。階段は緩やかだし、途中平らな道が続くところも多いのでのんびり歩いている分には意外に疲れない。階段沿いに並ぶ土産物屋には、十年前から日の光を浴び続けてきたようなノスタルジーを掻き立てる商品がならんでいる。残念ながらというか幸いにと言うべきか、購買意欲の方はさっぱり掻き立てられなかった。
 お昼は香川に行ったらこれしかないよ、ということでうどんを食べに行く。春樹さんのエッセイを読んでから憧れ続けていた讃岐うどん。とはいえ最近は京都でも讃岐うどんのセルフ店は珍しくない。それにいくら美味しいとはいえ、うどんはうどん。わんこそばみたいにはいかない。
 唯一訪れるうどん店は、ガイドブックの中から適当に選んだ。宿を出て車で10分、周囲に何もない道を右に折れろとナビが指示する。前を走っていた車が二台続けて右に折れた。舗装されていない広い駐車場はほぼ車で埋まっている。古い平屋建ての店はただの田舎の民家みたいに見える。表にメニューが出てたりもしない。薄暗い店内でコートを着たまま身をかがめてうどんを啜る。麺は想像以上に美味しい。絶妙にコシが入っていて、冷凍の讃岐うどんなんて食べてる場合じゃないぜ、って気分になる。机に転がっている下ろし器で生姜をがりがりと振りかける。なるほど、京都のうどん屋じゃ味わえない雰囲気だ。残念だったのは上に載せる天ぷらがボリュームたっぷりなだけであまり美味しくなかったこと。作り置きだから仕方ないのかもしれないけれど、麺の美味しさとの間にあまりに隔たりがある。 
 旅行はいよいよ終演に向かい、運命の淡路島へと続くのだった。