『シービスケット』は馬刺しにならない

 『シービスケット』はアメリカ競馬史に輝かしく残る名馬シービスケットと、それを巡る三人の男達の物語。主に1929年の大恐慌以降のアメリカが舞台となっている。実話らしいけれど、本当のところはよく知らない。原作も読んでいないし。
 映画の前半部分は、三人の男達が出会うまでの暮らしや大恐慌という特殊な時代背景についての説明的要素が強くてちょっとだけ混乱した。わたしは人の顔を識別するのがひどく苦手なのだ。だから三つの異なる人生が交錯したりすると、「あれとこれとは同一人物なのか……?」なんて考えてるうちに話が勝手に進んで行くことになる。
 でもこの物語に於いては、大恐慌後のアメリカの持つ閉塞的な時代の空気がとても重要な意味を持っている。この映画が今の日本人に深く受け入れられたのは(興行的成績については知らない)、おそらくはバブル期以後に続く長い経済的停滞が当時のアメリカの暗く重い時代背景と多くシンクロしているからではないだろうか。少なくともバブルの絶頂にある日本人が必要とする映画であるようには思えない。
 物語の後半に数多くある競馬シーンではサラブレッドの艶やかな毛並みが空と緑に映えてとても美しかった。激しく駆け、競い合う足音には戦争映画とは違う静かな迫力があった。特別な悪人は出てこない。号泣するような映画ではないけれど、暖かくやわらかな固まりが胸に「ずん」と降りてくる気がした。風邪を引いた時の生姜湯  。わたしにとって『シービスケット』はそんな映画だった。

シービスケット [DVD]

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