村上春樹さんへのお手紙

村上春樹さまへ
 ボストンで楽しく生活なさっているようですね。京都は梅雨時とは思えない晴天が続いていましたが、昨日・今日と雷鳴付きの激しい雨が降りました。これで水不足が解消されれば良いのですが、湿度の上昇と共に不快指数も鰻登りです。ボストンはなんだか過ごしやすそうな気がします。いかがですか?
ダンキン・ドーナッツ」は日本から撤退したそうですね。残念ながら私にはダンキンに寄ったという確かな記憶がありません。でも「ミスタードーナツ」の「オールドファッション」もなかなか美味しいです。個人的にはミスドの「ホームカット」はふわふわし過ぎていて苦手です。ダンキンミスドのドーナッツとが、どの程度類似性を有しているのかは分かりませんが。ただミスドでドーナッツを食べる時に残念なのは、コーヒーが紅茶を頼んだのかと見間違いそうになるくらい薄いことです。数少ない経験なので(たいていはお持ち帰りするから)たまたま当たりが悪かったのかもしれないけれど、ドーナッツの甘さにはきちんとしたコーヒーがぴったりだと思います。たとえばスター・バックスのような。
 直立するレッサーパンダ風太くん」は最近ニュースになっていないようです。意外に直立するレッサーパンダが珍しくないことが分かって、まさに潮を引くようにテレビから消えてしまいました。CMにはなっているみたいですけど、私はほんの数回見かけたきりです。あの連日の「風太くん」の過熱報道ぶりに、私としては些か食傷気味だったので(ワイドショウの見過ぎなだけですが)、たまに一・二分彼の勇姿を見るくらいがちょうど良いように思います。春樹さんはボストンの仕事机の上にも「風太くん」の写真を飾っていらっしゃるのでしょうか? 

 父が何気なく春樹さんの小説を私の前に置いてから、もう十五年以上が経ってしまいました。それ以来、私はずっとあなたの割合に熱心なファンのひとりであったと思います。新刊の発売日に本屋に走り、小説の中に出てきた音楽を聴き、あなたに触発されてマラソンを始めた……といった種類の熱心さは持ち合わせていないのですが。でも私は何かにつけ春樹さんの作品を読み返しています。おそらくはあなたが『グレート・ギャッツビー』を読み返すように。(『グレート・ギャッツビー』はまだ読んだことがありません。でも今回春樹さんが翻訳されているのは『グレート・ギャッツビー』なのではありませんか? 今はそれを楽しみにしています)。
 私はもしかしたら「ほぼ100%の作家」に出会ってしまったのかもしれません。だから私は春樹さんに何処かでばったり出くわすことがあったら(きっと私は見分けることが出来ると思うのです)、躊躇せずに「村上春樹さんですよね?」と声を掛けようと思います。そうしたらあなたは突然のことに驚いて、つい正直に「はい」と肯いてしまうことでしょう。私は「あなたの大ファンなのです」と言います。その後の会話は続かないしょうけれど……。春樹さんがそんな目に遭うのを快く思っていないことは分かっています。だけど私にとってそれはとても大切な一生の思い出になるわけですし、あなたからすれば「ちょっと参っちゃったよなぁ」といってしばらくすればすっかり忘れてしまうような出来事に過ぎないでしょうから、私の個人的な幸せのために少し犠牲になってもらいたいと思います。夢が現実化したら、ほんとにごめんなさい。でも我慢して下さいね。
  何処かで出会えることを夢見て――  柚木とう子拝
http://d.hatena.ne.jp/motokurashi/20050628