夏の思い出

 友達から残暑見舞いのメールをもらって気がついた。夏ももう終わりなのだ。そう言えば朝に聞く蝉の喧噪は控えめになり、久しぶりの外出に着たノースリーブは夕方になると寒いくらいに感じられた。エアコンなしでも何とか過ごせるようになり、網戸越しに秋の虫が切なげに鳴く声が聞こえる。――夏は確実に過ぎ去ろうとしているのだ。
 もっと汗をかき、キンキンに冷えたビールをたらふく味わっておくべきだったのに
――と後悔してももう遅いのだ。これからは「過ぎた枝豆のことは忘れ、栗ご飯のことを考えよ!」なのである。
 大人になってからの夏の思い出には、子供の頃ほどの濃密さはない。でも小学生の息子さんのために、最低限の行事はこなさなくてはいけない。お陰様でわたしにもささやかな夏の思い出が出来た。
 お金もないしハイキングに行く気力も体力もないので、まずは企業の工場見学に行くことにする。もちろん無料だし、お土産だってくれる。暇つぶしにはなかなかお薦めである。息子さんの興味を考えれば菓子制作系工場が望ましいところだけれど、わたしの強烈な個人的希望によりビール工場に決定である。出来たてのビールにすっかり目がくらみ、息子さんを適当に言いくるめてサントリービール工場の「夏休み親子見学会」に出発した。
「試飲、試飲……」とぶつぶつ呟きながら、井上和香似の可愛らしいお姉さんの後を着いて歩く。サントリーのエコ活動についての説明を受けながら、ぞろぞろと工場内をまわる。エコ活動は大企業の社会的責務としては当然のことなのかもしれないけれど、なかなか立派なもんである。
 見学会最大の目玉である「試飲」では、大人にはビール、子供と自己申告した素直なドライバー(胸にシールを貼られる)にはソフトドリンクが振る舞われる。気の効いたことに美味しいつまみ付きである。モルツ4水系の味比べもさせてくれる。正直なところ微妙な味の違いなんてさっぱり分からない。でもほろ酔い気分でチャレンジするのは楽しかった。
 贅沢を言えば、試飲時間が十五分ちょっとというのは短か過ぎである。十五分じゃグラス二杯分のビールを飲むのがやっとだ。ほんともっとゆっくりたっぷり味わえればなぁ。ふぅ……。だけど出来たてのモルツは文句なく美味しかった。それまであまりサントリーのビールは飲まなかったのだけれど、それ以来旦那さんの実家からもらってきたサントリープレミアムモルツを愛飲している。――自分で購入するかまではわからないですけど。
 それから海水浴にも行く。小学生の親としての義務みたいなもんである。入念な日焼け対策を施してクリスタルビーチへ。クリスタルビーチといえば聞こえはいいけれど、去年蒸気漏れ事故を起こした三原原発を近くに臨む、日本海の浜辺である。
 海草も生えていない美しい海で、原発の影響かと疑いつつちっぽけな魚を追いかける。浮き輪に載って、浜に打ち上げられる。水着の上にすっぽりとバスタオルを被るわたしの前で、兄ちゃん二人がサンオイルを塗り身体中を赤黒く染め変えている。三日はろくに寝られないだろうな、と密かに同情する。
 三時間ほどの帰り道、車の中で息子さんは泥のようにぐっすりと眠っていた。家に着いた時にはすっかり元気復活である。そういうのって大人にはとても真似できない。さすが小学生! なのだ。