人生一寸先は婚約

 昨日また友達に会った。もうすぐジュネーブへ一年間の語学留学に旅立つ、三十路に突入したばかりの細身美人である。(詳しくは   友人を見て歳を感じる - 雨天炎天な日々)わたしとは十年来の親友で、恋多き彼女の恋愛話はいつも波乱に満ちている。冒険心の薄い柚木は口をあんぐり開けて、ただただ恐れ入って聞き入るばかりである。時には無意味な説教をする。わたしは恋愛に関しては、ごく常識的でつまらない考え方をするのだ。
 「そういえばあたし婚約したんだ」とケーキを食べ終わった頃に、突然彼女は言った。全くの初耳である。しばらくは結婚する気がないと彼女は言い続けていたのだ。
「誰と?」
「**ちゃん」
 この前彼女の誕生日にわたしたちと会った後、大阪でデートしてプロポーズされたらしい。その彼ならわたしも知っている。前の携帯には彼女が送ってくれた**ちゃんの写真が残っているはずだ。でも会ったことはない。「彼氏なの?」って訊いたら、「多分違うな」と言っていた。「もう(**ちゃんの存在を)忘れていい?」って訊いたら「忘れといて」と彼女が答えたのはつい最近のことである。
 彼女は**ちゃんと付き合っている意識が希薄なので、○○(名前は知らない。勤め先の名で呼んでいたから)やその他と遊びに行っても?股したことにはならない。すごく素敵な考え方だ。**ちゃんとはずっと遠距離だったので、お互いの私生活は闇の中である。
「もう日本には帰ってこない。あたしは死んだものと思ってくれ」と別れ話をしに行って、どうしていきなり婚約してしまうのかは柚木の想像を軽く超えたところにある。単に二百万円のダイヤの指輪に心を奪われてしまったのかもしれない。
 彼女は今でも当分の間結婚する気はないようで、「五年くらい婚約しといて、後は……」と言っている。でも彼の方は式は何時にするかとか、スイスに移り住むだとか色々具体的に話を進めたがっているようなので、たぶん流されて結婚するだろうとわたしは思っている。別れたからって別に驚かないけど。
 だけどプロポーズを受けるかわからない女相手に二百万の婚約指輪を用意する男――。愛なのかもしれないけれど、「馬鹿に違いない」とわたしたちは扱き下ろした。いざ結婚してみてローンたっぷりだったりしたら、本当に最悪なのだ。立てづめの指輪なんて普段使いにはならないし、売ってもたいした値段にはならないのだから。
 でも人生ってほんとにどうなるかわからない。結婚なんて勢いでするのが一番だという気もするので、とりあえずは「婚約おめでとう」でいいのだろうか?