今日も穴あき靴下をはいて

 この間6時頃まで事務所に残っていたら、「今日はもうお終い。よかったらちょっと飲んでいこうか?」と先生に誘われた。「食欲の秋」真っ盛りの柚木は、もちろん喜んで着いていく。中学3年生を筆頭に、小学1年生まで4人の子を持つ先生は、毎日酒を引っかけて帰るのが日課らしい。帰り時間の不規則な先生は、家に夜ご飯があるか微妙な状況なのだそうだ。食事を用意する立場に立つと、奥さんの気持ちはすごくよく分かる。いちいち旦那の都合にアワセテラレルカ。
 先生の酒飲み相手に選ばれた柚木は、靴を脱がなくてよいことを祈りつつ事務所近くの居酒屋に入った。靴下が両足見事に破れていたからだ。――紺色の靴下からにょきり覗く、親指2本。前日に間違えてスリッパ代わりのデカ靴を履いて帰ってしまい(事務所が閉まった瞬間に気付いたのだけど、会議に急ぐ先生の前で言い出せなかった)、その日の朝もそのデカ靴を履いてきたために、指先に異常な負荷がかかったのだ。ちょっと走ったし、タイツ地のヤワな靴下は、だいぶ指先が薄くなっていたものな……。破れた靴下よりは、五本指ソックス履いてたほうがまだマシだったな、と虚しく考える。
 でもまぁうちの先生は紳士なので、柚木の穴あき靴下に見て見ぬふりである。(もちろん店員さんも)。並んでカウンターに座り、おでんやガーリックの軟骨揚げを突きつつ、2人仲良く白ワインを飲む。
「柚木さんて、ほんとによくしゃべるよね」
「……まだうるさいですか? だいぶ静かにしてるつもりなんですけど」とにっこり笑って答える。
 先生と飲むたびに言われているので、これでもう3回目だ。「内川さんは、ほんとしゃべらないんだ」と先生は必ずセットで言う。柚木の先輩である美人の事務員さんとは、もう3年半以上一緒に働いているのに、お互いほとんどしゃべったことがないと言っていた。そんなのって、シンジラレナイ。
 なんせわたしは、小6の時に授業中質問し過ぎてうるさいと、口にガムテープを貼られた女である。仮免の路上教習の時に教官にしゃべりかけてぎょっとされたこともあった。(狭い空間に初めて会った人間と無言のまま2人っきりでいるなんて、とても耐えられない)。
 お酒が入ると熱血派の本領発揮で、先生は熱く社会問題について語り始める。仕事の面ではともかく、そういう話の相手なら、柚木は先輩事務員さんに負けない。これには絶対の自信がある。
 えーっと、柚木がバイトに入って以来、事務所はちょっと喧しくなったようです。どれだけプラスの意味があるのか分からないけど、わたしとしては楽しい職場なのです。人間、コミュニケーションを大切にしないとね。と自分の喧しさを正当化。