空気清浄機の季節

 ここでも何度か書いているけど、柚木の母はかなり年季の入った花粉症である。世の中に花粉症なんて言葉が流布するずっと以前、彼女は京都に嫁入りすると同時に花粉症を発症したのだ。今からもう30年以上も前の話である。ほんと長いなぁ。
 でも元来うちの母親はいい加減な性格をしているので、花粉症30年のキャリアは実生活においてほとんど何の役にも立っていない。別に横でくしゃみをしていようが目を腫らしていようが、花粉症がうつるわけでもないのだけれど、そういうのってちょっといらいらする。柚木には感知できないはずの花粉が、繊細なわたしの神経をチクチクと突き刺すんである。 去年の記録的花粉飛散量に参り、空気清浄機を買いに走ったわたしは、意外と母思いのよい子なのだ。
 さて、そのかわいい空気清浄機は春には花粉から母を守り、夏にはウサギ小屋の放つ悪臭からわたしたちの鼻を守り、秋にはひとまず役目を終えた。(もちろん一年中使えばいいんだけどね)。そうするといくらスリムな空気清浄機君とはいえ、狭い柚木宅ではどことなく邪魔者扱いされるようになった。わたしは割に空気清浄機君に深い愛情を持っていたからそうでもなかったけれど、最も恩恵を受けたはずの母が、一番彼を押入に追い遣りたがっていた。
 それからしばらくは母の反几帳面な性格が幸いした。空気清浄機君はひっそりと部屋の片隅で、輝かしい新年を迎えようとしていた。でも年の瀬の喧噪の中、実に不幸なことに母は大掃除という行事があったことを思い出してしまったのだ。そして柚木の留守中、彼は押入へとしまわれた。合掌。――年が明ければすぐにも花粉が飛散し始めるということは、母にとって何の障害にもならなかったらしい。どうしてそんなことになるのか、……ほんとによく分からない。
 そして3月。空気清浄機君、ついに大活躍のシーズンが到来した。だがしかし、彼はやっぱり暗闇の中。母は押入を開けるよりも、鼻水とくしゃみに悩まされることを選んだのだ。たぶん。
 「空気清浄機出した?」と訊くと、母は聞こえないふりをして通り過ぎる。子供なのだ。重ねて訊くと「フンフン〜♪」と鼻歌で誤魔化してみる。何なんでしょう、一体? こうなったら柚木にも意地ってもんがある。絶対に押入を開けたりしないのだ。
 3月下旬のある夜、何度目かの愚痴をこぼされていた旦那さんは、「親子げんかに巻き込まれるのはごめんだよ」と立ち上がった。さっさとソファを動かし、押入から問題の空気清浄機君を取り出す。問題は全て解決。それに気付いた母は、「出してくれたの、ありがとー」とにこにこしていた。ふん!
 結局「母は強し」、「蛙の面に水」。ものの3分で終わる仕事で、半月以上もプンスカ怒っていたわたしが馬鹿だったということです。はぁあ。
  
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