お寿司は回る 上

 柚木はあまり回転寿司が好きではない。「やっぱり注文してから職人さんが目の前で握ってくれないとね」という訳ではもちろんない。そんな贅沢を言っていたらお寿司なんて口に入らない。
 味や美学を超えた、もっと根本的なところに原因がある。お寿司がぐるぐると回転木馬よろしく回っているのがいけないのだ。回転寿司初心者の頃、流れる寿司の群れをじっと凝視していてすっかり目が回っちゃったのだ。ひどい寿司酔い。
 あるいはあなたは、「そんなのは初歩的なミスだ」と言うかもしれない。「凝視する方がどうかしているんです」と。もちろん柚木だって馬鹿じゃないから、それ以来寿司の群れには必要以上に目を向けないように注意している。でもそれじゃ、選べないんである。イカだってマグロだってぴちぴちつやつやしたのを取りたいと思うのが、人情ってもんじゃないですか?
 しかし息子が「お寿司を食べに行きたい」と言う時、それは回転寿司を意味する。近所にあるのは全皿100円均一の(とは限らない)「くら寿司」。彼は玉子と甘エビしか食べないくせに、この「くら寿司」がいたくお気に入りなのだ。
 ある日息子が、「今度学校のお友達と「くら寿司」に行く」と言い出した。「ふーん(実現しそうにない計画だな)」と思って聞いていたら、その引率者に柚木を指名するという話だった。しかも土曜日のお昼に食べに行くのだと、意外と話は具体的なのだ。1年生の時とは違うらしい。
「それで保護者がいなあかんやろ?」と息子は言う。それはまぁ正しい。
「それがママってこと?」
 と一応訊き返してみると、明るく「うん」と頷かれた。どうせ学校で「オレが母さんに頼んでやるよ」とか格好つけて安請け合いしたに違いないのだ。
「えー、土曜日なのにやだなぁ」とぶつぶつ言いながら、「まぁみんなのお母さんがいいよって言ったらね」と約束する。
 息子は張り切っているけれど、わたしはこの計画がちゃんと実現するか疑わしいもんだと思っていた。息子が1年生の時のことだ。日曜日にうちで誕生会をする約束をしたと楽しみにしていたことがあった。わたしは何時に来るかもしれない息子の友達のために、人数分のお菓子とジュースを並べて待った。
 でも結局、来たのはひとりだけだった。その子と約束した友達を呼びに言っても、「もう他の人と遊んでいる」とか「(日曜だから)家にいなさいって言われた」とかで、結局誰も来なかった。みんないつもうちで遊んでいる仲良しの友達だったのに、だ。
 約束時間をきちんと決めたり、お母さんに許可を取ったりすることは、幼稚園の延長にいる1年坊主にはまだまだ無理だったのだ。わたしが直接電話でフォローしておこうにも、連絡網がないんだからどうしようもない。息子の誕生日は入学直後なので、個人的に連絡先を知っている親もまだいなかった。
――そうして息子のささやかなお誕生会計画は、学校の安全対策という盾にしっかり跳ね返されてしまったのだった。以来わたしは息子の「友達と約束した」というセリフを、どこか怪しいものだと思って聞いている。



つづく