2シーズン遅れの夏の思い出

 これは夏の思い出話なので、今読むとちょっと寒々しいです。写真がついていたら凍えるところでした。そんなわけで夏に始めた月2回のテニスは、冬季休止中です。

 最近体力の衰えを感じ始めた柚木は、にわかに運動系へと目覚め始めた。月に2回テニスをし、最寄り駅まで15分の道のりを大股で闊歩する日々。もう若くはないのだから、努力が必要なんである。
 というわけで9月の某日、アウトドアライフに片足を突っ込むべく家族3人仲良くシャワークライミングへと参加することにした。シャワークライミングとは、清流を全身濡れになりながら、ただひたすらに登っていくことを意味するらしい。ホームページを眺めていると、ウェットスーツを着込んだりして、なかなか楽しそうである。旦那さんは「何がそんなに魅力的なんだか」と行きたくない風を装っていたけれど、真に受けてのけ者にすると後でしっかり拗ねるので、優しいわたしはちゃんと申し込んであげる。
 シャワークライミング当日は小雨が降り、秋風が冷気を運んでくる。しんとした神社の前で待っていると、とてもこれから川に入ろうなんて思えなくなる。身震いするほどに寒いし、小雨に煙る木立は直接心を冷やす。遠足の途中にひとり迷子になったみたいに、ひどく心細い気持ちになる。
 参加には小学校4年生以上、身長140㎝以上という条件がついていた。息子には「服のサイズが140ならいいんだよ」と騙して申し込む。でも優しいインストラクターのお兄さんに「自分の身長わかる?」と訊かれて、「えっとーたぶん137㎝」と答えて柚木の小さな嘘はすぐに発覚してしまった。苦笑するお兄さんには、気付かない振りをする。
 参加者の内、子供は息子だけ。他に参加者はわたしたちを入れて女性が9人と男性が6人。それにインストラクターのお兄さんが2人つく。みんな柚木とそう年が離れていない。子供の参加者も多いのだろうと思っていたので、少し意外だった。もう夏休みが終わっているからかも知れないけれど。
濡れたままのウェットスーツが配られ、車の陰やビニールテントの中で、ごそごそ着替え始める。更衣室なんてりっぱなものはもちろんない。初めてのウェットスーツを着て、息子は「ペンギン、ペンギン」と両手をバタバタさせて大はしゃぎしている。
 着替えた場所からひょこひょこ歩いて、すぐに川へとざぶざぶ足を踏み入れる。ウェットスーツの隙間から冷水が入り込んでくる。手を使って大きく足を上げ、岩をよじ登る。確かにこれはクライミングなのだ。
 途中泳いで川を渡る。背筋を水が伝って流れる。高さ6メートルある人工の滝の脇を、ひとりずつ順に登っていく。落ちるのが怖い。(帰りにここから飛び降りるなんて、柚木は知らなかったのだ)。
 1時間くらい道無き川を上り、小さな滝の前でゴール。希望者は滝の上から飛び降りることができる。希望者は6名だけ。だけど何事も経験じゃないか? 渋る旦那さんを誘い、飛び降りる。高さはたった4メートル。だけど岩がぐいっと迫り出している。縁に立った瞬間、突き出た岩に背中がぶつかるんじゃないかと、身が竦む。躊躇したら動けなくなる。
「サン・ニィ・イチ」
カウントダウンに合わせて飛び降りる。水面に叩きつけられた瞬間、鼻がもげるかと思う。水が気管に流れ込み、ひどくむせた。
 登ってきた道を降りていく。そして、今度は6メートルの人口の滝を飛び降りる。さっきは少しも興味を示さなかった息子が「今度は頑張るぞ!」とファイティングポーズをつくって気合いを入れ始めた。さっきの滝で華麗なダイブを披露したお兄さんが何故か尻込みする中、息子は何度も気合いを入れる。先頭ダイバー交代。
ひとりめが飛び降りたあと、息子が手を挙げ前に進み出た。長い緊張には耐えられなかったのだろうと思う。躊躇したら負けなのだ。
 これがシャワークライミング、レベル1。みんなが順に飛び込み、わたしが傍に寄ると息子はすごく眠たそうな顔をしていた。車が動き出すとすぐに、息子は寝てしまう。大きく体を倒し、隣で花火を打ち上げてもピクリとも目を動かしそうにない。
 体験後のアンケートで、息子はケイビング(洞窟探検)に参加してみたいと答えていた。匍匐前進の好きな方――、とパンフレットには書かれている。アウトドア感満点である。