みんぎりまわりのこと

 秘書のみなさんにと言って、織りの綺麗なコースターをいただいた。ラオスの王宮前に売っていたという、何だか有り難い(日本で買ったら高そうな)代物である。ピンクと焦げ茶のコースターが半数ずつ、しかも手織りのため少し色斑がある。だからいつものようにランチタイムにみんなで分けることになった。
 わたしはあまり慎み深い性格ではないので、みんなで遠慮しあって品物を見つめ合っているというのがとても苦手だ。だけどいつも一番に手を挙げるのも社会生活上大変に問題がある。特に受け取る物にそれほどの拘りがない場合は、「ずうずうしいわね、あの子」と思われるだけ損ってもんなのだ。
 それでその時もお見合い状況から抜け出したくて、「みんぎりまわりしましょう」ってなことを言った。でもね、誰もそれを知らなかったのだ。これを読んでくれてる人も知らない人が多いと思うので一応説明しておくと、「みんぎりまわり」とはイコール「右回り」ジャンケンのことなのです。つまりみんなでジャンケンして、買った者あるいは仲間はずれになった者を初めにして右回りに順番を決めるという方法。ふつうにジャンケンしていくより回数が少なくて済むのです。
 あーやれやれ、と説明し終わっても秘書さんたちはみんなぽかんとしている。ほんとにやったことなかったのかー、とびっくりしつつ「右回り」とはどちらに回るのかとひとしきり議論する。柚木は基準の人の右手方向に進んでいくのではないかと声を小さく主張したのだけれど、結果正解の「時計回り」ということで収まった。みなさんとても賢いのです。子供の頃もいちいち揉めた様な気がするな、と無駄に過去の記憶が甦った。
 子供の頃、世界は完全に自分を中心に回っていた。だから自分たちのしている遊びは、当然日本中の子供たちがやっているのだと漠然と思っていた。(さすがに世界中とまでは思っていなかったと思う)。例えば、「だるまさんがころんだ」というゲーム。これはたぶんとてもポピュラーな遊びだと思うけれど、わたしたちの周りでは「ぼんさん(お坊さんのこと)が屁をこいだ 匂いだら臭かった」と数える方がポピュラーだった。東京に住む従姉妹がそんなの知らないと言ったので、あたしはほんとにびっくりしちゃったのだ。あたしは「ぼんさんが屁をこいだ」を教えてあげて、一緒にげらげら笑いながら遊んだ。ちょっと下品なところが、子供にとってはひどく魅力的に思えるものなのだ。後で伯母さんに下品な歌を教えるなと叱られたことも、よく覚えている。
 ところでまた「みんぎりまわり」のこと。ランチタイムはふつうのジャンケンをして、勝者から右回りでコースターを選ぶことで落ち着いた。練習なしにいきなり「みんぎりまわり」をするのは難しい気がしたからだ。午後の勤務時間に、ネットで「みんぎりまわり」について調べてみる。「みんぎり」とは恐らく「みぎり(右)」が訛ったのだろうと、先に調べた先輩秘書さんが教えてくれる。さすがに今の大人なわたしは、これが全国のスタンダードジャンケンに含まれているとは思っていなかったのだけれど、「みんぎりまわり」は予想を遙かに超えるマイナージャンケンだった。まさに局地限定、その地域住人だけが知るピンクおばさん(全身ショッキングピンクの派手な服を着ている人。そういう人って何処にでもいますよね?)みたいな存在だったのだ。
 家に帰って確かめてみると、同じ小学校に通っている息子ですら「みんぎりまわり」なんて知らないという。息子は「右回り」はすると言っていた。だけどそれはただの「右回り」でしかないのだ。正しい「みんぎりまわり」においては、アイコになれば「りのりのりっ」、その後は略して「りっ」と言ってジャンケンを続ける。なんて美しい響きなのでしょう。そうは思いませんか?
 なのに美しき「みんぎりまわり」の伝統は、いつの間にか廃れてしまったのだ。――とても殺伐とした気持ちになる。