「わかおき」ではないよ

ザ・プライス・コレクション
 いつの間にやら月一の更新が目標になっている柚木です。お久しぶりです、こんにちは。
 でもね、とっても怠け者のようでいて、31歳の「ちょっと活動的に」という目標は意外にも忠実に実行しているのだ。例えば6月始めの日曜日、友達と美術館に行って来た。
 鮮やかに彩色された鶏の絵で有名な江戸時代の絵師、伊藤若沖の展覧会。5月の中旬から開催されていたのだけれど、休みの日にわざわざ出かけるのも億劫だしねぇ、と目標達成の精神に反して悩んでいるうちに日が経った。ある日先に見に行った人の図録を見せてもらって感激し、やはりこれは行っとくべきだと金券ショップを回るも若沖展の影も形もない。「ジャク・チュウ?」と、金券ショップのおばちゃんに外国語で話しかけたみたいに怪訝な顔をされただけだ。正規料金は1,500円。そんなに払うんなら映画を見に行った方がいいんじゃないの……、と内から響く貧乏性の声を振り払った頃には、もう最終日の日曜日にしか行けなくなっていた。それでも出かけていったあたりが進歩といえば、たぶんそうなのだろう。
 前日の土曜日は息子の運動会だった。日焼け止めを塗りたくり、帽子の上から日傘というトリプルガードをしていてもなお、太陽の下で過ごすのはひどく疲れた。だけど本当は疲れなんかは振り切って、美術館の前で開場時間を待つのが正解だったのだ。待ち合わせ時間に遅刻して美術館前のある相国寺に到着したのが11時半。――とにかくすごい人だった。覚悟していたよりずっと多い。若沖がそれほど人気者だったなんて、ちっとも知らなかった。
 2時間待ちという表示に溜息をつきつつも、初めわたし達は結構楽観的だった。。ディズニーランドのアトラクションだって、大抵は表示時間より早く中に入れるのだ。だけどもちろんそれはとっても甘い考えだった。並びながら券売所の前までの長く続く人が見える。そこを通過するまでに1時間半。門をくぐると人の姿は途切れた。砂利を敷いた道を小走りで通り過ぎる。人混みから抜け出て、とても開放的な気分になる。 やっぱり2時間は待たなかったね、と言い合っているうちにまた長〜い列が見え始めた。USJスパイダーマンに並んだ時のことをふと思い出す。悪い予感は得てして当たるものだ。角を折れ曲がるごとに期待と失望が繰り返される。アトラクション会場と違って、待つ人を楽しませる工夫は何処にもない。わたしは友達と喋っていればよかった。だけどひとりでぽつんと並び、本もNintendo DSもi-podも持っていない人は妄想力の限界を試されることになった。ただ待つより他にしようがないのだ。後ろに並んでいたカップルは、食べたい物しりとりを始める。お昼時でお腹が空いていたらしい。でもそれって逆効果じゃないのかな? 少なくともわたしは空腹時に食べられない食べ物の名前を聞いたりしたくない。
 すっかり草臥れ、スニーカーを履いてきたことを天に感謝しつつ、ようやく始めの絵に辿り着いたのが2時間半後。展示室と展示室の間の通路でも、また待たされる。最後の展示室には、有名な動植綵絵の並んでいた。自由閲覧となっているせいで右から見始める人と左から見始める人とがぶつかり、真ん中辺りで流れがひどく滞っている。係員が絶え間なく「入場制限中です。見終わられた方は速やかに……」とアナウンスを繰り返す。だけど3時間近くを費やして、そんな指示に快く応じる人などいない。
 若沖という人は本当に奇才の人だった。実際の絵を見れば、人がこれだけ集まるのにも納得がいく。今見てもその美しく派手派手しい色彩には息を飲むし、時代による風化を感じさせない。派手さのないユーモラスな絵は、見ていてとても楽しい。江戸時代の人々の目に、若沖の絵はどのように映っていたのだろうか。
 見終わったのは4時過ぎだった。まだ人は券売所の外にまで並んでいる。「そこを通ってもまだまだ先は長いのですよ」と言いたい気持ちをぐっと抑える。そんなのはきっとただの余計なお世話だ。入館制限の4時半までに並び始めた人が門をくぐり、始めの絵にたどり着けるのはいったい何時なのだろう。これが東京だったら、どんな錯乱狂乱の事態が巻き起こっていたのか、想像だけで身震いしちゃう。都会っ子には到底なれそうもない。
 ちょっと活動的に、というのもなかなか疲れるものですね。もっとずっと活動的になって、開催間もない時に開館前から並んだりすればこんな酷い目には遭わずにすんだんだろうけど。最終日の混雑を乗り越えてよかったことは、こうやって人に苦労自慢を出来ることと、並んでる最中に余った招待チケットを貰えたこと。……だからってまた並びたいとは、今はとても思えないけれど。