海で焦げる

「今年はもう行かなくてもいいだろうか」、という問いに黙って首を振った息子さんの希望を叶えるため、遠路はるばる(運転したのは旦那さんだけれど)海水浴に行ってきた。彼の夏休みは、海水浴なしに語ることは出来ないのだ。
 ここ数年は福井県美浜原発近く、水晶浜にお世話になっていた。でもまぁそろそろ気分を変えてみようじゃないかと、今年は天橋立海水浴場に出かけることにした。日本三景のひとつ天橋立京都府内にあるのだけれど、かえって距離は遠くなるし高速代はかかるしで、この先十年は訪れることはないだろうなと思う。さすがに景勝地として名高いだけあって、とても美しい場所ではあったのだけれど。
 ビーチは観光地の中にあった。駐車場から浜辺までの短い距離に、旅館や土産物屋が並んでいる。涼しい風の吹く松林を歩いていると、避暑に訪れたお嬢さんになったような気がする。荷物番にと無理矢理付き合わされたお義母さんの希望で、ビーチテントは松の木陰に立てることになった。松の葉を踏み、道に敷かれた細かい砂利を踏み、太陽に焼かれた砂を踏んでようやく海に辿り着く。海の水は温かく、山から吹き下ろす風が灼熱のビーチで涼を与えてくれる。晴れ渡った空の下、真白い砂浜にエメラルド色の海面に、惜し気もなく光が降り注いでいる。ギラギラと乱反射する日差しに身体を曝していると、目深に帽子を被り日傘を差して歩く日常が、実に馬鹿らしく感じられる。それでもまぁ、止めるわけにはいかない。
 天橋立ビーチは、なかなか素晴らしかった。ただ海水は砂で濁り、ぼんやりと見える海底には藻がたっぷりと生えている。景色の美しさに比べれば、海の中は正直あまり美しいとは言えない。泳いでいると波に浮かぶ藻の群れに襲われたりもする。でもこれが本来の海の姿なのではないかとも思う。毎年訪れていたあの水晶浜の水の透明さこそが不自然なのだ。海底までが鮮明に見え、藻のひとつも生えていない海は、美しいけれど空恐ろしい。──近くに原発があるから、そんな気になるだけかもしれないけれど。(沖縄の海だって水はとてもクリアーだった。でもちっとも恐くなかった)